むかし、むかし、英国で活版印刷が始まった頃からのお話し。印刷創始者ウィリアム カクストン(1422?ー91)は「キツネのレナード」(1481)や「イソップ物語」(1484)といった大衆に馴染みのある物語を出版し始めた。古くから口承で伝わってきたおとぎ話などの出版物は、都市では書籍業によって売られたが、地方へはチャップマンと呼ばれた行商人によって広まっていく 。
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15世紀なかば以降、現代のアルファベット絵本の源ともいえるホーンブック(Horn Book) が作られ始めた。これは、一枚の紙、または、子羊の皮に、アルファベットや数字が、手書き、または印刷され、その上を熱湯で溶かして平らに伸ばした牛や羊の角(horn)で覆い、周りを動物の皮で囲ったものである。 ホーンを使用していない木製や金属製のものもあるが、どれも羽子板の形をしているのが特徴だ。子どもたちは持ち手の穴に紐を通して、自分のベルトに下げて持ち運び、時には羽つき遊びをしたこともあったらしく、ホーンの表面にひびがはいっているものもある。 学校では、文字が浮き彫りになっている金属製のものが使われたが、時には先生がお仕置き道具としても使ったらしい。かちかちに固いホーンブックで打たれた当時の子どもたちが気の毒だ。 |
18世紀半ばになると、 ホーンブックは Battledore(羽子板)へと発展した。アルファベットや短い詩などが
一枚の厚紙に印刷され、折りがついたもので、現代の教科書の原形ともいえる。後の版になるほど挿絵の数も多くなり、印刷も鮮明だ。子どもの学ぶ進度によって
内容が選べるようにセット売りのものも出版された。
大人向けに出版されながらも子どもも夢中となった冒険談に、ジョン バニヤン(1628ー88)の「天路歴程」(1678)、ジョナサン
スウィフト(1667ー1745)の「ガリヴァーの冒険」(1699) ダニエル デフォー(1660ー1731)の「ロビンソン
クルーソー」(1719)などがあり、幼い読者向けにはダイジェスト版や絵本が出回った。これらは現代でも読まれている作品だ。
昔からこういった新種の冒険談やおとぎ話は、子どもの心を捕えたようである。おとぎ話を子どもに与えるべきではないと主張したモラリストに、セアラ
フィールディング(1710ー68)がいるが、彼女の著わした「Governess (女性教師)」(1749)は、子どもを対象にした最初のフィクション作品といわれながらも小説としての面白みには欠けていた。モラリストたちは、当然ながら、子どもの欲求
--楽しいお話を読むこと -- を抑えることはできなかった。
18世紀の英国は教育ブームで、中産階級の親たちは子どもの教育費を惜しまず、玩具や本なども買い与えたことから、子ども文化の市場が確立されてきた。こういった世情を背景に、子どもの本を専門とする出版者たちが現われた。「巨人文庫シリーズ」と銘うって魅力的なミニチュア本を次々と出版したトマス
ボーマン(fl.1730-43) (注1)や、薬問屋として財を成したジョン ニューベリ(1713ー67)などである。
ニューベリは、最初の子どもの本屋をセントポール大聖堂前に開いた。ジョン ロック(1632ー1704)の教育思想に影響を受けた彼は、楽しく学ぶことによって子どもは伸びてゆくと考え、挿絵をふんだんにいれた読み物を出版した。
「絵も会話もない本なんて何になるの」(引用1)とアリスが言うとおり、とりわけ子どもの本では絵の果たす役割が重要だ。ニューベリの 代表作「くつふたつさん」(1765年)には、味わいのある木版の挿絵がはいっている。200年間におよそ200回も版を重ねベストセラーとなったこの作品は、孤児の女の子の物語。信仰に厚く真面
目に学んだ結果、女性でありながら教授となり、最後には幸せな結婚もしてしまうという、現代のフェミニストもあっと驚く立身出世ぶりだ。もっとびっくりなのは、女の子のおとうさんが病で亡くなった理由が、ドクター ジェームズの粉薬が手に入らなかったから。当時、この薬を販売していたニューベリは、作品の中で本業の宣伝をしているのであった。
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ニューベリの後継者のひとりジョン ハリス(1756ー1846)も絵の効果を十分に知っていた。 ウイリアム ロスコー(1753ー1831)の詩に、ウイリアム マルレデイの銅版刷りの挿絵を添えた「The Butterfly's Ball and the Grasshopper's Feast(ちょうちょうの舞踏会とバッタの宴会)」(1807年)は、道徳くささのない楽しい本に仕上がっている。 この作品の成功に気をよくしたハリスは、続編を次々と出版。ハリスの人気に便乗してライバル社の類似本が19世紀末ごろまで出版された。 |
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引用(1)新注「不思議の国のアリス」ルイス キャロル 作/高山宏 訳/東京図書 1994年
(注1) トマス ボーマン(fl.1730-43) のfl. とは活躍時期のこと