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モンゴメリ(1879-1942)といえば、日本の方にお馴染みの『赤毛のアン』の作者である。彼女はプリンスエドワード島(P.E.I.) 出身だが、実際に人生の後半を過ごしたのは、オンタリオ州の小さな村、リースクデール(1911-1925)とノーヴァル(1926-1935)、その後、長老派教会の牧師であった夫ユーアン マクドナルドの退職後はトロントに移り、晩年をそこで過ごしている。 街路樹が、黄金色に変わろうとしている秋晴れの一日。友人と私は、アックスブリッジの町に80年以上住んでいるというクラーク夫人を訪ねた。途中、現在は廃線となっているアックスブリッジ駅を車で通 り過ぎる。ここは、トロントへ買い物へ出るモンゴメリの利用駅であった。 玄関から出て来られた クラーク夫人は、満面に笑みをたたえ、私達の手をとって、招きいれてくれた。「モードの作品が好きなひとに悪いひとはいません。」と朗らかなクラーク夫人。 「モードの編んだテーブルクロスを持っていらしたのに、グエルフ大学に寄贈されたんですね」と話しかけると、「モードは、手先が器用な人でしたね。第一次大戦中はリースクデールやアックスブリッジの婦人達の先に立って、兵士に送るための縫いものや編物に精を出してましたよ。本当に地域に貢献したひとでした」とクラーク夫人は言葉に力をいれた。
夫人は、モードの初版本や初期の本を数多く持っているが、その中でもモンゴメリの直筆サイン入りの詩集”The Watchman”は秘蔵の品。モンゴメリ研究に熱心な夫人は、モンゴメリのリースクデール時代の思い出を残すために、”L. M. Montgomery as Mrs. Ewan Macdonald of The Leaskdale Manse, 1911-1926”という小冊子の編纂に携わったこともある。これは、当時のモンゴメリを知る人々のエピソードがぎっしり詰まっている貴重な資料である。 クラーク夫人の案内で、モンゴメリが住んでいたリースクデールの牧師館の前を通 る。「ここを、モードは長男チェスターと三男スチュワートの手を引いて歩いたんですよ」と夫人が教えてくれる。クラーク夫人の最近の計画は、この牧師館をモンゴメリ記念館にすることだ。「この牧師館は町の所有ですが、どこからも援助がでなくてね。とうとう、アックスブリッジの町の住人が資金を集めようと立ち上がったんですよ。日本のモンゴメリファンの方々にも協力願えればうれしいけれど。」と、クラーク夫人はつぶやいた。 次に訪ねたアックスブリッジ〜スコット博物館には、モンゴメリの肖像画をはじめとするコレクションが展示されていた。近所の墓地には、モンゴメリの次男ヒューが眠っているという。クラーク夫人とともに、死産であったヒューのお墓を訪ねた。「この墓地を通 る度にモードは、ヒューが自分に呼びかけていると思い、胸を痛めていたんだね」と、友人が溜息をついた。 アックスブリッジ近郊の田園風景は、道の色こそ赤くはないが、P.E.I.を思わせるものがある。モンゴメリが、懐かしの土地P.E.I.の写 真を飾り、それを見ながら創作に励んだリースクデールの牧師館。彼女が知人に会うために、また、大好きな映画を見るために、頻繁に訪れた町アックスブリッジ。このあたりには、作品を通 して知る以外の、もうひとりのモンゴメリが、今だに住んでいるようだ。 リースクデールの牧師館が、モンゴメリ記念館に生まれ変わることを願って、私達はクラーク夫人に別 れを告げた。 ウックスブリッジの町では、モンゴメリ記念館のための「LUCY MAUD MANSE FUNDRAISING」運動を行い、皆さんからの寄付を募っています。国際郵便為替の送付先は、 The Corporation of theTownship of Uxbridge 国際郵便為替の宛先は、The Corporation of theTownship of Uxbridgeです。必ず RE: Lucy Maud Manse Fundraising とご記入願います。寄付を贈られた方には、町よりTax Receipt が送られます。 |
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