「L.M.モンゴメリアルバム」出版記念パーティ 

The Lucy Maud Montgomery Album
Compiled by Kevin McCabe
Edited by Alexandra Heilbron
Published by Fitzhenry & Whiteside
ISBN 1-55041-386-4

雛祭の夜「ルーシー モード モンゴメリアルバム」の出版記念パーティに出かけた。前日からの雪が、しとしと雨にかわってひんやりした夜だった。

そんな外界の冷たさとは裏腹に、私の心はほんわか気分である。出版社から送られてきたその本は、予想をはるかに超えたすばらしい出来映え。研究者やモンゴメリファンに加え、実際にモンゴメリを知る人々など数多くの執筆者の文章と、それらを彩るおよそ400枚もの写真がはいっている。これまで未発表だった息子たちの写真もふんだんに盛り込まれている。アルバムというだけあって、読むだけでなく眺めるだけでも十分に楽しい。

モンゴメリの生い立ち、プリンスエドワード島やオンタリオ州各地にあるゆかりの場所、交友関係、作品分析、映画になったアン、アン関連行事紹介に加え、お孫さんのことば、それから日本とアンの深い関係についてなどなど、幅広い内容に驚くばかり。「赤毛のアン」の作者モンゴメリのことなら、これ一冊で何でもわかってしまう優れもの。まるで百科事典のような、ずっしりと重みのある本に仕上がっている。モンゴメリ生誕125周年にふさわしい出版物だ。

そもそも、この本と私の関わりは、およそ3年前に遡る。モンゴメリ研究グループのニュースレターに寄せた原稿が、編集者のケビン マッケイブの目にとまり、「L.M.モンゴメリ アルバム」用に書き下ろして欲しいと依頼があったのだ。詩人としてのモンゴメリを研究していたケビンとは顔見知りでもあり、英文執筆は苦手ながらも"An Influential Anne in Japan" と題する日本でのアン人気に関する小文を書き送った。

しばらくして、トロントのモードゆかりの場所に関する記事を大至急2週間以内にとの執筆依頼。共同執筆者ジェイソンとともに、トロント大学やユニオン駅などをカメラ片手に奔走し、大慌てで"Remembering Maud in Toronto" を書き上げた。そういうわけで、出版された本を見ると、大学の先生方やプロのライターの記事が並ぶなか、自分の拙い文章に恥ぢいるとともに、それでもやはり努力が報われてうれしい気分である。

さて、パーティの夜、片道5時間かけてモントリオールから駆けつけたベンジャミン君とジェイソンと共に会場へ向かった。三人ともこの本の制作に関わったことから招待されたのだ。昨年のモンゴメリ学会で、「アンの息子ウォルターは、実はゲイである」と爆弾宣言して物議をかもしだした大学生のベンジャミン君。今夜は、スーツを着こんで、やけに大人っぽくめかしこんでいる。

会場は既に70名ほどの人たちで賑わっていた。ハミルトンのモンゴメリ研究グループのメンバーが、ワイングラス片手に歓談している。彼女たちも原稿執筆者である。私たちは、お互いを認めると、まるで10代に戻ったがごとくキャアキャア言い合いながら、真新しい本に記念のサインをしあった。モンゴメリの親戚や、お二人の編者ケビンとアレキザンドラのサインももらって満足。研究仲間の皆さんと記念撮影をしたりして、大いに盛り上がったのであった。

気がつくと、ベンジャミン君が見当たらない。と思ったら、しっかりセドリック スミスにくっついて話をしている。スミス氏は、モンゴメリの作品を基にしたテレビ番組「アヴォンリーへの道」でアレック キング役を演じた俳優で、なかなかハンサム。そして、ベンジャミン君は、フィルム研究やモンゴメリ作品に深くのめり込んでいて、ついでながらゲイでもある。この機を逃さず、スミス氏に言い寄っているのかもしれなかった。

パーティも半ば、スミス氏がギターの伴奏でモンゴメリ賛歌を歌いだし、会場はにこやかムード。ぐるりと周りを見わたして、こんなに多くの人が、モンゴメリに何らかの形で関わっている不思議さ、そうして、かくも多くの人々を集めてしまう作家モンゴメリの偉大さを感じずにはいられなかった。

帰りは、ベンジャミン君やジェイソンと別れ、私はモンゴメリの伝記作家で90歳のモリー ギレン博士とともにタクシーに乗った。この高齢の婦人との出会いも、やはりモンゴメリが仲立ちになっている。モンゴメリを追及している限り、これからも、もっともっと多くの人と知り合うことになるかもしれない。

(この文章は「オーロラ」春26号、1999年に掲載されたものに加筆したものです。)

Yukazine

モンゴメリ

モンゴメリ記事
Copyright 1999 Yuka Kajihara