今世紀最強のアン

「完全版 赤毛のアン」
L.M.モンゴメリ 原作
W.E.バリー, M.A.ドウーディ, M.E.D.ジョーンズ 編
山本史郎 訳
原書房
1999年11月 初版
定価2200円+税
ISBN 4-562-03261-8

モンゴメリ生誕125周年を祝うかのように、「完全版 赤毛のアン」が原書房から出版された。「完全版」と銘打つには理由がある。1997年に北米で出版されて話題となった”The Annotated Anne of Green Gables”(注釈付き「赤毛のアン」)の日本語版というわけだ。

この本の特色は、なんといってもアンを取り巻く時代と環境が、豊富なイラストと写真をまじえて語られていること。舞台となったプリンスエドワード島の地理や歴史、島の人々の風俗や習慣、教育事情、19世紀末のファッション、庭と植物、キルトやお料理などなどが、3人の女性スカラーたち、W.E.バリー、M.A.ドウーディ, M.E.D.ジョーンズによって詳しく説明されている。モンゴメリの生きた時代背景を知ることで、アンの世界が広まり深まる。

また、作品中に引用されている聖書や文学作品、たとえばブラウニング、テニソン、ローウエル、スコットなど出典が明記され、説明がついているので、文学好きの人にはたまらない。「テニスンの影響はただたんに明らかな引用にとどまらず、この小説の言葉、表現そのものにまで及んでいる。」(646ページ)と読むと、アンって、こんなに深いの?!とただただ驚いてしまう。

ドウーディの「解説」では、これまで日本の読者にはあまり知られていなかった作者モンゴメリの人生が、主人公アンと比較されながらぞんぶんに語られている。従来、モンゴメリは祖母の世話にあけくれた沈欝な日々のなかで「赤毛のアン」を執筆したと思われていたが、ドウーディは、モンゴメリの日誌をひもとき、「イーワンの求婚は、一部”赤毛のアン”の執筆と時期が重なっている」と将来の夫の存在を指摘している。

さて、楽しみは注釈や解説以外に、新訳の「赤毛のアン」を読むことでもある。村岡花子訳で有名なアンの上品な語り口が、男性山本氏の手にかかるとどうなるか。

思いっきり感情こめて「オー!」を連発するアンに、まずびっくりぎょうてん。

この点について山本氏は「アンのセリフは、普通の日常会話というより、書物でのみ用いられるような語、言い回し、センテンスが多いというのが特徴になっています。したがって、”オー! ”という、少々、いわゆる”バター臭さ”が感じられる言い方はぴったりだと思いました。ただし、その他の人物にもときには”オー!”と言わせてはいます。これは主として、アンの”オー!”が出てきた直後など、その口調がうつってもおかしくないところです。(ただし、わたくし、すなわち訳者にまでうつってしまって、やたらに使ってしまったところもなきにしもあらずです)。」と電子メールで応えてくださった。山本氏、なかなかユニークな方とお見受けした。

訳文ではアンが成長するに従い、口調がかわってゆくのも工夫がこらされている。読み進むうちに、アンがはっきりとした輪郭をもつ主人公として目の前に現れてきた。今世紀、最強のアン!かもしれない。日本ではこれまで13人以上ものひとの手によって翻訳されてきたアン。注釈付きなら松本侑子氏の訳もあるから、手許においてそれぞれを読み比べてみるのもいいだろう。

とにかく、「完全版 赤毛のアン」を隅から隅まで読むと、これまで抱いていたアンのイメージがひっくりかえること間違いなし。「少女小説アン」から「文芸作品アン」へと意識がかわってゆく。今後、モンゴメリの日本での評価も「児童作家」から「作家」へとかわってゆくにちがいない。

20世紀末に男性翻訳者の手によって再生されたアン。大人のあなたにこそ読んで欲しい一冊だ。

(上記文章は「オーロラ」1999年冬号に掲載されたものに加筆訂正したものです。)

山本史郎氏の翻訳のポイント少女小説『アン』から世界の古典『アン』へ-- 『赤毛のアン』翻訳メモ--もお読みください。

Yukazine

モンゴメリ

モンゴメリ記事