日本の赤毛のアン50周年、村岡花子さんを称えて
Kindred Spirits: The Legacy of Anne of Green Gables in Japan

2002年が日本に「赤毛のアン」が紹介されて50年だとアピールしていた私に、トロントのジャパン・ファウンデーションの方が声をかけてくださったのは昨年の秋のことだった。日本の文化を海外に紹介しているジャパン・ファウンデーションが、「赤毛のアン」を日本に紹介された村岡花子さんの偉業を称える催しを、ここトロントでもやりましょうと企画がスタートした。

幸いなことに、「赤毛のアン」(Anne of Green Gables) の作者モンゴメリ一族の賛同と、そして何よりも、東京の「赤毛のアン記念館・村岡花子文庫」を運営されている村岡花子さんのお孫さんおふたり、美枝さんと恵理さんの全面 的支援を得ることができた。村岡家からは、貴重な花子氏のお写真とメッセージを寄せていただいた。

そうして、村岡さんのご命日の翌日にあたる10月26日の土曜日にイヴェントが開催され、とても感じ入るものがあった。当日は、モンゴメリの作品研究をされているふたりの大学教授の講演が行われた。また、同時にジャパン・ファウンデーションの図書室では、村岡花子さんの写 真展示会がオープンした。

図書室には、村岡さんの若き日の写真などが額にいれられ、それぞれの写真には、美枝さんと恵理さんが書いて下さった説明文が添えられていた。たいへん整然とした美しい展示だ。(さすが、ジャパン・ファウンデーションのスタッフのお仕事ぶり!)

これまで雑誌などで村岡さんのお写真を見ていたけれど、今回は、これまで見たことのなかったものが殆どであった。村岡さんとの別 れの際に原書Anne of Green Gablesを贈られたカナダ人ロレッタ・ショーさんのお写 真(彼女と村岡さんとの友情がなかったら「赤毛のアン」の翻訳出版はなかったかもしれない)、ヘレン・ケラー来日の際に通 訳者として壇上に立つ村岡さん、書斎でペンを執るお姿、幼くして亡くなった息子の名をとった「道雄文庫」をつくり子供達に読書の喜びを伝えるお姿、ラジオのパーソナリティーとしてマイクを前に語りかけている村岡さん、御主人と一緒のお写 真などなど。それぞれの写真の裏に、深く長い物語が潜んでいる。着物姿のお姿に時代を感じると共に、その時代に一女性が、こんなにも活躍されたのかと思うと、私はもっともっと村岡さんと彼女の生きた時代が知りたくなった。

さて、土曜日の朝にも関わらず多くの聴衆が集まり、講演のあとは質疑応答もあって楽しい集いだった。おふたりの大学教授のお話で印象に残ったことだけ、ここに書きとめておこう。

トロント大学東南アジア研究部のDr. Sonja Arntzen(ソ二ア・アーンツェン博士)は、日本で「赤毛のアン」が受け入れられたことには次の3点が考えられるとして、

1。「赤毛のアン」の各章が自然描写で始まっている。明治時代の翻訳物には原文にない自然描写 を加えた作品もあるほどで、自然崇拝は日本の文化伝統である。モンゴメリの作品は、この点で日本の読者の心に浸透した。また、村岡花子の訳は古典を学んだ人らしい流れるような和文の美しさがある。

2。無垢なアンの存在が日本の読者に感銘をあたえた。ヴィクトリア時代の児童観が、子どもは汚れ無き清い存在だと考える日本人の心に通 じた。

3。孤児のアンの存在が身近にとらえられた。古来、日本は家族親族のつながりが密であり、遠縁のものを引き取るなど、貰い子があり得た。また、子どもが親の面 倒を見るのは当然の美徳である(アンとマリラの関係)。

にこやかなアーンツェン博士は、この他にも個人的な大阪エキスポでの体験なども話された。もともと日本の古典を教えている方なので、モンゴメリと平安時代の女性作家との比較に焦点をしぼったお話を、いつか聞きたいなと思った。

もうひとりのDr. Clare Fawcett (クレア・フォーセット博士) はノヴァ・スコシャ州セント・エギゼビア大学社会文化人類学部教授。以前、何度かモンゴメリ学会でお会いしたことがある。小柄ながら力強い声の持ち主だ。

フォーセット博士は、日本の歴史や社会背景に触れ、戦後孤児の多かった日本で「アン」が人気を得たが、70〜80年代では本からというよりアニメ、ミュージカルなど別 な媒体で「アン」が普及したことなど、日本のアン・ビジネスにも触れた。また、以前から研究課題とされているプリンス・エドワード島への日本人観光客の変遷(数は多いと思われがちだが年間の観光客全体からみると2%ほど) なども言及された。わたしが「ごもっとも!」と感じたのは、アンの多面性と多意性に触れた点。どの時代の人たちにも通 じる価値観をアンは与えることができるという点だ。読む人、読む時代とその環境によって、アンはいかようにも解釈され伝授される。 (この点については、薄荷さんが具体的に「雑誌の中のアン」にて指摘されている。こうしてみると、やっぱり、アンは不滅なんですね。)

アーンツェン博士とフォーセット博士、おふたりとも、日本でのアン人気の底にあるのは、なんと言っても村岡さんの訳の素晴らしさだろうとおっしゃっていた。

この日、一番感激したのは、講演の最後に読み上げられた美枝さんと恵理さんおふたりから寄せられたメッセージだった。日本に貢献したカナダの女性宣教師たちの活躍へ感謝を述べた内容に、聴衆のカナダ人は感激の様子で、「うんうん」と頷いている人たちを何人も見受けた。おそらく初めてその真実に気付いた人も多かった事だろう。美枝さんと恵理さんのおふたりへ寄せる 拍手の音が会場にながらく響いていた。

講演のあと、わたしはお二人の女性編集者に呼び止められた。Quill & Quireの方と、もうひとりはランダムハウスの方。おふたりとも村岡花子さんの働きに感銘されたようすだった。ランダムハウスは、最近子どもを読者対象としたモンゴメリの伝記Maud's House of Dreamsを出版したばかり。いつものパターンでモンゴメリの前半生に焦点をあて、後半生をはしょってある。「モンゴメリがオンタリオ州で暮らした時代が描かれてないのが残念だ」と言うと、相手はなんとその本の編集者であった。「子どもが対象だし、後半の暗い人生には触れないほうが本は売れるでしょ」と言われ、ごもっとも。(事実、モンゴメリの後半生を書いている拙書「赤毛のアンを書きたくなかったモンゴメリ」は売れなかったもんね。とほほ。)

モンゴメリの孫ケイト・マクドナルド・バトラーさんとも立ち話。熱心に写真を見入っていた彼女は、たいそう感慨深い様子だった。自分の祖母の作品を日本に紹介してくれた村岡さんのご家族にぜひいつか会いたい、それだけは絶対に、美枝さん恵理さんに伝えてね、と私に何度も念をおした。

ショーさんと村岡さんの友情の証、「赤毛のアン」。その作者モンゴメリのお孫さんと村岡さんのお孫さんが体面 できる日が、 いつか、そんな日が来ますように。

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ジャパン・ファウンデーションのスタッフおよびボランティアの皆さま、
お疲れさまでした。みなさまの御尽力に感謝を込めて。

(2002年10月)

コピーライト 梶原由佳

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