もっとL.M.モンゴメリ 〜モンゴメリ学会雑談記〜

この夏、あの「赤毛のアン」の島として日本の方にお馴染みのプリンスエドワード島へでかけた。目的は、プリンスエドワード島大学にて開催された国際モンゴメリ学会出席である。紫色のルーピンズの花々が咲きほこる夏は、青い海に囲まれた赤土の島がもっとも輝く季節だ。

さて、ルーシー モード モンゴメリ(1874〜1942)といえば「赤毛のアン」(1908)で一躍作家としてその名を不動のものにしたものの、長らく子供向けの大衆作家というレッテルを貼られ続けてきた。ところが、彼女の死後50年を経て、生前の彼女の膨大な量の日記が続々と北米にて刊行されたことを契機に、近年モンゴメリ研究熱は文学関係者の間では高まるばかり。ついには、1994年に第1回国際モンゴメリ学会が開催され、今年はその2回目とあいなったわけである。

固い話はおいといて、学会参加の楽しみは、いろいろなひととの出会いである。モンゴメリの孫や親戚筋のひと達の話を聞いて、いきなりモンゴメリ通になったような錯覚に陥ってしまう。驚いたのは、モンゴメリの長男チェスターの恋人だったというおばあさんが現れて、昔話を始めたことだ。モンゴメリ研究第一人者のグェルフ大学のメアリールビオ教授 やエリザベス ウオーターストン博士との二年ぶりの再会もうれしかった。

いつもは真面目なルビオ教授が、猫好きの私に、「そういえばね...」とモンゴメリの息子スチュアートの猫の話をしてくれた。この猫ちゃん、スチュアートが仕事で数日家を留守にしたことに腹をたてて、地下室のどこかに隠れてしまった。そうとも知らぬスチュアートの奥さんが乾燥機を回した途端にフギャーという叫び。ルビオ教授は猫のなきまねをしながら、「この後、猫ちゃんは長いことすねてたそうですよ」と笑って語ってくれた。

スチュアートも相当な猫好きだったらしいが、彼の母親モンゴメリにとって、猫はペットならぬ最愛の友であった。晩年のモンゴメリの作品「丘の家のジェーン」(1937)は、14年間も彼女の友であった愛猫グッドラックに捧げられている。愛称ラッキーは、プリンスエドワード島のキャベンディッシュで生まれ、その後、オンタリオ州のリースクデールへ、ノーヴァルへ、そしてトロントへとモンゴメリとともに移り暮らした。ラッキーが亡くなるとモンゴメリは悲嘆にくれて、数十ページにわたる哀悼文を日記に書き連ねた。「世界で一番長い猫の死亡記事でしょうねえ」と溜息まじりのルビオ教授。

ウオーターストン博士は、私が日本人ということからか、「"日本人のカナダ観に与えるモンゴメリの影響" のスピーチは興味深かったですね」と私に返事を求めてきた。この演題を発表されたフォーセット助教授は、プリンスエドワード島大学で毎年8月に日本人向けの英語講座を監督されていて、ご本人は日本語ぺらぺら。「モンゴメリを通じて日本社会を観察するのはおもしろい」とのことだった。

モンゴメリ研究を地道に続けておられる方々の話を聞いていると、作品を通して知る以外のモンゴメリ像が浮かんでくる。学会は、すばらしいひととの出会いの場である。

別に研究者ならずともモンゴメリに関心を示すひとは多い。私の右隣に座っていた、島で大規模なお土産品店を経営するドンおじさんは、にこにこしながら語りかけてきた。「日本人の若い女性はどういうアン人形が好きでしょうか。アン以外なら、どういうのが好きかな〜?」と会う度に尋ねられて、さすがの私も閉口した。「モンゴメリは猫好きでしたから、アンより猫の人形を作ったらいかがでしょう」と助言しておいた。おじさんは、「うーむ、そうか」とやたらと頷いていた。売れなかったらごめんなさい。

さて、辺りを見回すとカナダの各地、米国、スウェーデン、日本等からの出席者が百名ほど、なかなかにぎやかである。テレビやラジオの取材陣も来ていて、ニュー ブランズウィックで発行されているテレグラフ ジャーナル紙の取材を受ける機会に恵まれた。モンゴメリ作品の魅力について長々としゃべらされたのだが、後日記事を見たら、ほんのちょっとしか私の意見は載っていなかった。新聞社には、すごいエディターがいるものだと妙に感心してしまった。

学会期間中、島のお天気は最高だったのに、終了後の一週間は雨模様。レンタカーでモンゴメリが教鞭をとった三箇所の小学校やその跡地を訪ねてまわった。これらは、並のモンゴメリファンが行くような観光地化された場所ではないので、行く先々で村人から珍らしがられた。

一体何が私を引きつけるのか?知れば知るほどモンゴメリの人柄と作品は奥が深い。「赤毛のアン」という作品を越えて、作者モンゴメリのことを調べていくうちに、さまざまなひととの出会いもある。というわけで、2年後に開かれる第3回モンゴメリ学会を今から楽しみにしている私である。

(上記文章は、「オーロラ」1996年第16号に掲載されたものです。)

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