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日本で「赤毛のアン」が翻訳出版されたのは1952年。第二次大戦後七年経った頃のことです。当時の少女達(1930年代から1940年代生まれの方々)が、50年代にどんな作品を読んでいたのか、或いは、その頃どんな作品が出版されていたのか、 というわけでホームページで呼びかけてみたところ、興味深い回答が寄せられました。 スクロールダウンしてご覧ください。
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Osawaさまよりいただいたメール、4.21.2001 「古本屋で見つけた村岡花子訳, 「第三赤毛のアン」(三笠書房、 昭和30年/1955年初版)に、たまたま当時の三笠書房が配っていた出版案内のパンフレット「若草の友 No.16」がそのままの形で 入っていました。これに愛讀者通信という欄があって、以下に一例を書きうつします。旧字体は省略します。 愛知県犬山市高見町九 鈴木誉子 十六歳 東京都 十五歳 石川県 十九歳 岩手県 十五歳 京都市 十四歳 福島県 十六歳 門司市 十八歳・京都府 十九歳(男性) 福岡市 十六歳 当時、三笠書房で他にどんな本がでていたか、分かる範囲で書いておきます。 これは、J. ウェブスター作、遠藤寿子訳「女学生パッティ」(ポケットサイズ版), 三笠書房, 昭和31年に記載されていたものを含みます。 エレナ・ポーター作、村岡花子訳「パレアナの青春」、 E. ウェザレル作、村岡花子訳「エレン物語」、 オードゥー作、河合亨訳「少女マリー」、 ウィンスロォエ作、中井正文訳「制服の処女」、 クーリッジ作、尾高京子訳「ケーティ」、 シュザンヌ・ペロー作、山口年臣訳「春のゆくえ」、 R. レーマン作、増田義郎訳「ワルツへの招待」、 C. ブロンテ作、大久保康雄訳「ジェーン・エア物語」 ちなみに、「若草の友 No.16」には村岡花子さんの寄稿した小文 「詩を愛する心」があって、それには、小學生の時分から短歌や俳句が好きであつた私ではありましたが、しんじつ詩を愛するようになったのは女學校を卒業する頃からで、 その時分ミス・カムベルの指導の下に讀んだこのグレイの詩を始め、テニスンの「イノック・アーデン」やロングフェローの「イヴァンゼリン」の甘いロマンスの魅力のためでありました。 とありました。もっとも村岡さんは既に当時は少女ではなかったわけですが。
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「小公子」を日本に始めて紹介した若松賤子氏の訳が読めるサイト 北畠八穂の顔写真がのっている青森県近代文学館
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札幌の岸本さま(1934年生まれ)よりいただいたメール、4.21.2001 娘、孫と共に3代に亘る「赤毛のアン」の 愛読者です。昨年の夏、小4の孫とPIEに旅行しました。1952年ころの少女小説について私も該当者だと思いますので、薄れかけた 記憶を辿って、ご報告致します。もう高校生だったと思いますが、 その頃愛読していた雑誌は 「少女」、「ひまわり」、「それいゆ」などでした。受験のための「蛍雪時代」というのも有りましたが。 なんと言ってもひろく読まれていたのは、吉屋信子の「花物語」(今回ちょっと調 べて見たのですが、大正から昭和にかけて書かれたと知って驚きました。)もう題名は忘れてしまったのですが、北畠八穂、横山美智子などの作品を愛読しました。その他に、戦時中目にする事のできな かった翻訳もの、「ピーターパン」、「小公子」、「小公女」なども1950年前後に良く読んだ覚えがあります。 岸本さま、三世代にわたって「赤毛のアン」ファンでいらっしゃるなんて、うらやましいです。当時の少女向け雑誌の名は存じていましたが、「それいゆ」など、おしゃれな内容だったと推察しています。北畠八穂、 横山美智子さんのお名前を今回はじめて知りました。御便りありがとうございます。
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現在ドイツにお住まい前田さまからのメールの抜粋、4.8.2001 おそらく昭和15-18年生まれだと思われる父のいとこが、中原淳一の絵が話題になったジュニアソレイユという雑誌が印象に残っていると言っていたことです。イラストファッション誌のようなものだったそうで、それを真似して服を作ってもらった、と言っていました。 余談ですが、今私の手元にある村岡花子訳の新潮文庫の「アン」は昭和29年発行、昭和35年20刷で定価120円。私の母(昭和18年生まれ)のものですから、母が17歳のときのものです。 お母さまもアンのファンでいらしたんですね。親子代々に伝わる作品、文学は知の遺産ですね、ほんと。 前田さんからの2度めのメールより、4.11.2001 今日、母に電話をしたので、中学生の頃何を読んでいたか聞いてみました。(母は昭和18年生まれです)中高一環教育のミッションスクールに通 っていたらしく、本人も中高の区別があまりついていないようなのですが、まっさきに出てきたのが「アン」でした。 中学校で学級文庫があって、そこに外国ものの翻訳が揃っていたそうです。中学校のときとはっきりしているのがデュマの作品と「レ・ミゼラブル」、あとは「チボー家の人々」、漱石、武者小路実篤、島崎藤村、川端康成などてあたりしだいに読んでいたとか。文庫本の後ろを見て、友達とどれを読んだか競争していたそうです。 高3の夏休みに『罪と罰』を読んでいたのははっきり覚えている(こんなの読んでる 場合じゃない、と思いながら読んでたから)けれど、あとは中高のあいだのいつ読んだのか、はっきりとは分からないそうです。 前田さま、再度の御便り感謝です。お母さまは相当な読書家でいらしたんですね。国産ものだと男性作家の作品に親しんでおられたんですね。やはり日本国産の少女文学は層が薄かったのかな。現代の少女たちも漱石、実篤、藤村、康成たちの作品を読んでいるのか、とふと考えてしまいました。
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