以下の文章は、三友社出版発行の雑誌「新英語教育」The New English Classroom, 2000年12月号の47-49ページに掲載されたものに多少手を入れたものです。転載厳禁。引用の際は、出典の明記をお願いいたします。

「そばかすだらけの魔女」の言葉の力
〜L.M.モンゴメリの『赤毛のアン』から〜

梶原由佳

『赤毛のアン』(Anne of Green Gables) といえば、その作品を読んだことがなくても、孤児のアンが活躍する粗筋をご存知の方も多いことでしょう。  

初版は、アメリカはボストンのPage社から1908年に出されました。この頃、英米児童文学においては、少女たちが活躍する小説が続々と生まれていました。その中でも、19世紀末のカナダのプリンス・エドワード島を舞台にした『赤毛のアン』は、出版されるや飛ぶように売れたといいます。

アメリカの文豪マーク・トウェインやカナダの詩人ブリス・カーマンなどが、その明朗闊達な主人公アンに魅せられ、作者モンゴメリに惜しみない賛辞を贈りました。  

日本では、戦後7年経った1952年に村岡花子氏の訳によって紹介されて以来、現在も読み継がれています。漫画やアニメーション、舞台化もされたり、また、女性雑誌が定期的に『アン』特集を組むことから、ファンが毎年夏になるとプリンス・エドワード島に押し寄せています。このことから、日本のアン人気現象は、海外にも知られるようになりました。

そばかすだらけの魔女
農作業の手助けに男の子を必要としていた老兄妹のもとに孤児院から送られてきたのは、赤毛でやせっぽっち、そのうえ、そばかすだらけの11歳の女の子アンでした。ノヴァスコシアから海を渡ってプリンス・エドワード島のアヴォンリー村にやって来たよそもののアンは、この村の育ちのよい少女達とは様相を異にしていました。

アンは、駅に迎えに来たマシューを相手に、初対面ながら物おじもせず、朗々とおしゃべりを始めます。無垢な子どもは、次々と新鮮な問いかけをして、聞き手(読み手)を引き込みます。  

Isn't it splendid to think of all the things there are to find out about? It just makes me feel glad to be alive - it's such an interesting world. It woudn't be half so interesting if we knew all about everything, would it? There'd be no scope for imagination then, would there? But am I talking too much?  

元来内気な農夫マシューは、ご婦人や少女が大の苦手でありながらも、アンの目まぐるしいほどのおしゃべりに好感を抱くのです。

But this freckled witch was very different, and although he [Matthew] found it rather difficult for his slower intelligence to keep up with her brisk mental process he thought that he "kind of liked her chatter."  

語り手は、そばかすだらけの魔女とアンの個性を表現しています。魔女アンの言葉の力は、たちまちのうちにマシューを魅了してしまいました。アンのおしゃべりを聞くうちに、マシュー同様に我々読者も、アンが不幸な生い立ちながら、同情心に厚く、思いやりがあって、類い稀な豊かな想像力を持っていることを知ることになります。  

隣近所から隔たった、森の奥に立つグリーン・ゲイブルズに到着したアンは、そこでマシューの妹マリラに出会います。結婚も子育ての経験もないマリラの目にうつったアンは、"the odd little figure" で、期待していた男の子ではありません。自分が望まれていなかったことを知ったアンは、大泣きしながら叫びます。

Oh, this is the most tragical thing that ever happened to me!

このあまりにも大げさな台詞に、マリラは、長らく忘れて錆びついていたような笑みを浮かべます。そうして、アンが、自分の名を呼ぶ時には最後にeの字を綴って呼んで欲しいと頼むと、このユニークな願いに、マリラの頬には、また笑みが浮かぶのです。

さて、引き取ったとしてもアンが自分達の役に立つだろうかといぶかるマリラに対して、マシューは自分達がアンの役に立つかもしれないと応えます。この思い掛けないマシューの考えに、マリラは驚いて叫びます。

"Matthew Cuthbert, I believe that child has bewitched you!"

マリラは、マシューがアンに魔法をかけられたことを悟ったのでした。そうして、礼儀作法にやかましい頑固者のマリラですら、アンと出逢った翌日には、アンが何を言い出すか期待している有り様です。マリラは、自分もマシュー同様、アンに魔法をかけられるだろうと考えます。

[Anne] is kind of interesting, as Matthew says. I can feel already that I'm wondering what on earth she'll say next. She'll be casting a spell over me, too. She's cast it over Matthew.

一緒に暮らしていくうちに、マリラは予測どおりに、アンの言葉の力に影響され始め、子どもの声に耳を傾ける穏やかな人物へとかわっていきます。そばかすだらけの魔女アンの言葉は、マリラのかたくなな心を徐々に溶かしてゆくのでした。

影をひそめた魔女  
3年後、賢く美しく成長したアンのそばかすは、もう目立たなくなりました。もはや、そばかすだらけの魔女の印象は薄れていることがわかります。初めて会った日に、そばかすや赤毛を指摘して、アンをかんかんに怒らせたリンド夫人は、その成長ぶりに感嘆の声をあげ、3年前を振り返ります。

I did make a mistake in judging Anne, but it weren't no wonder, for an odder, unexpecteder witch of a child there never was in this world, that's what.

出逢った当時のアンが、この世には絶対に存在しないような、稀に見る風変わりな子どもであったとして、ここでもwitchという単語が使われています。

15歳になるとアンの背丈はマリラを追いこすまでになります。子どもの頃のおしゃべりだったアンを懐かしみ、何かを失ったように感じるマリラ。   

Marilla felt a queer regret over Anne's inches. The child she had learned to love had vanished somehow and here was this tall, serious-eyed girl of fifteen, with the thoughtful brows and the proudly poised little head, in her place.  

マリラに、ひとを愛することの尊さを教えた小さな子どもは、いつのまにか消え去ってしまっていたのでした。そうして、アンは、身体面のみならず精神面でも幼き日の影が薄れて、以前のような大げさな物言いをしなくなってしまいました。  

There were other changes in Anne no less real than the physical change. For one thing, she became much quieter.  

つまり、そばかすだらけの魔女は、その使命 --かたくなな大人の心に人を愛する心を授けること-- を成し遂げたことから、影を潜めてしまったのでした。  

その後、マシューの死を境に、厳格で思ったことを口にしなかったマリラが、アンを我が子のように愛していると素直に告白します。アンには厳しかったマリラですが、長年の友リンド夫人も驚く程の変わりようでした。夫人は、夫トーマス・リンド氏に、マリラが、丸くなったと言うのでした。   

But crispness was no longer Marilla's distinguishing characteristic. As Mrs. Lynde told her Thomas that night, "Marilla Cuthbert has got mellow. That's what."  

およそ5年にも渡るアンとの暮らしのなかで、頑固なマリラをこんなにも変えてしまったのは、ほかならぬ、そばかすだらけの魔女アンの言葉の力だったのです。  

初版から90年以上も読まれ続けている『赤毛のアン』。アンという名の魔女に、魔法をかけられ続けているのは、マシューやマリラよりも、実は、我々読者自身にちがいありません。

作者紹介
L.M. Montgomery (1874-1942)
カナダ、プリンスエドワード島に生まれる。幼き日に母を亡くし、父親は西部に移住。母方の祖父母の農場で育つ。熱心な長老派の祖父母は躾に厳しく、窮屈な日々を過ごす。年少の頃から詩や小説を書きはじめ、20代の頃、島の小学校で教えながら文章修行に励む。1898年に祖父亡き後、祖母の世話をしながら、短編や詩を雑誌に投稿する日々を送る。1908年に発表された『赤毛のアン』がベストセラーとなり、一躍その名を知られるようになった。1911年に祖母が亡くなると、長老派牧師と結婚し、島を離れオンタリオ州に移住。牧師夫人としての務めを果たしながら、その後もアン・シリーズを始め、エミリー三部作、パット・シリーズなど数多くの長編小説を生み出した。短編小説や詩の作品は、ゆうに500点を越す。1942年にオンタリオ州トロントにて死去。

作品研究  
アメリカ及びカナダでは、80年代から現在までに、モンゴメリの膨大な日誌が発表されたことから研究が盛んとなっている。94年以降2年毎にプリンスエドワード島大学のL.M. Montgomery Institute主催により、モンゴメリ学会が開かれている。

L.M. Montgomery Instituteのサイト http://www.upei.ca/~lmmi/
モンゴメリ研究論文が発表されているCCL (Canadian Children's Literature)のサイト http://www.uoguelph.ca/englit/ccl/
Anne of Green Gablesの全文サイト http://www.cs.cmu.edu/People/rgs/anne-table.html

参考文献
1. Montgomery, L.M. Anne of Green Gables. Toronto: McClelland & Stewart Inc.(1992).
2. 『赤毛のアン』松本侑子 訳、集英社文庫、2000
3. 『完全版、赤毛のアン』山本史郎 訳、原書房、1999
4. 『「赤毛のアン」を書きたくなかったモンゴメリ』 梶原由佳 著、青山出版社、2000

( かじはら ゆか トロント公共図書館オズボーン・コレクション)

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