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ボクの名は、グッド・ラック。愛称ラッキー。生まれは、カナダのプリンスエドワード島。ほら、「赤毛のアン」で孤児のアンが「この世で一番美しいところ」って言った島だよ。ボクのご主人さまは、その物語の作者L.M.モンゴメリ。
1923年の8月、まだ小さかったボクがキャベンディッシュの農場で遊んでいた時のこと。その夏、里帰りしていたモンゴメリが息子チェスターと農場にやって来た。
「ママ、見て、この猫とっても変わってる!」とボクを見るなり、十歳くらいの男の子が叫んだ。「まあ、 なんて美しいシルヴァーグレイの猫かしら。からだにクローヴァーの葉の模様があって、その中にMの文字が見えるわ」と嬉しそうな女性の声。「ママの名前の頭文字だね。きっとグッド・ラック(幸運)を運んでくるよ」と男の子。
それで、ボクはグッド・ラックと名付けられ、翌月には、島から汽車で長旅をすることになった。ご主人さま一家が、オンタリオ州の村に住んでいたから仕方ない。木箱の中は窮屈だったけど、カナダの大陸を東から中央まで横断する猫って、そういないだろうな。
ご主人さまは、毎日時間を決めては机に向かって、何やら小説とかいうものを書いていた。アンという名前の少女が、どんどん成長していく物語らしい。部屋には、キャベンディッシュの風景写真が飾られていて、ボクは懐しい気持になったものだ。時折、溜め息まじりのつぶやきが聞こえてきた。「ああ、アンの続きを書くのは、飽き飽きだわ。でも読者の期待に応えなくては。」そんな思いをしてまで執筆しなくてはならないのかなあ。
ある日、ボクにも手伝えそうな気がして、ご主人さまの指の間に立っているペンに前足をかけてみた。肉球に力を込めてペン先をちょいと動かすと、黒いインクがポツンと玉になって紙に落ちてしまった。「あらまあ、ラッキーたら!」どうやらまずいことをしてしまったらしい。ペンをいじるのは、もうやめた。それから、机には長年のペンフレンドに宛てた手紙らしいのがあったので、ちょいと触ってみた。ご主人様は、ほほえみながら、その紙にこう書き足した。「マクミランさん、たった今ラッキーが前足でこの便箋に触れました。きっとあなたに挨拶したのでしょう。」
ある日、食料貯蔵部屋へのドアが開いていたので、ねずみ探しに出かけた。ここには、ご主人さまお手製の薫製ハム、ジャムやクッキーの入った瓶などがある。夏だったせいか、ハエたちがぶんぶん飛び回っていて気が散って仕方ない。ボクはうしろ足で立ち上がって、頭上を飛び交うハエたちに前足パンチをあびせようとした。そうしたはずだったのに、両前足をぐるぐる回してたら、何かがベトっと張り付いてきた。離れるどころか、ボクのからだをぐるぐる巻きにし始めた。そいつは蛇みたいに尻尾から鼻先までボクのからだを占領した。ボクはふぎゃあと叫びながら走りまわった。後年、ご主人さまは「炉辺荘のアン」という話の中で、猫のシュリンプが「ハエとり紙の上にころがった」と書いていたけれど、あれはボクのことである。
ご主人さまと過ごした13年にも及ぶ日々は思い出でいっぱいだ。何百通ものファンレターを受け取りに郵便局に出かけるとき、ボクは犬の友達と一緒にご主人さまの後をついて行ったものだ。夜、ベッドの上でくつろいでいると温かい手のひらがボクを撫でてくれた。のどがぐるぐると音をたてる。ご主人さまはにっこりとボクを見下ろして「ラッキー、あなただけが私の慰み。あなたは並の猫じゃないわ。半分人間かしら。私の腹心の友ね」と言ってくれた。ボクはご主人さまの悩みをすべて知っていた。彼女の親友や肉親の多くは亡くなっていたし、牧師の旦那さまの精神的な病は年々悪化していた。頼りにすべき息子ふたりは巣立って行ったから、ご主人さまはひとりぼっちだったのだ。
1937年の1月。ボクは何故だか食欲がなくなった。ついには肝臓がんと診断された。ご主人さまは毎日肝油をくれて「私の相棒よ。どうか死なないで」と泣いていた。この世での最後の日、ボクはご主人さまのベッドに横たわっていた。涙に濡れた手のひらがボクの背やお腹をやさしくさすってくれた。息をするのもやっとだったけれど。最後にボクはちょっと口を開いた。ボクに5000日ものラッキーな日々をくれたご主人さまに、ひとことサンキューと言いたくて--。
ラッキーの亡がらは、モンゴメリが当時住んでいたトロントの「旅路の果て荘」の庭に埋められ、墓石として、故郷プリンスエドワード島から取り寄せた石が置かれた。モンゴメリはラッキーの死を悼んで「ある親友の死を除けば、これほどの悲しみと孤独感をもたらしたものは、これまでの人生で何もありません...ラックはこの世で目にしたもののなかで唯一の実に完璧な生き物でした。ラックほどしあわせな生涯を送った猫はないでしょう」とペンフレンドに書き送っている。
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上記文章は、月刊「ねこ新聞」2001年12月12日号に掲載されたものです。「ねこ新聞」の購読お申し込みは、03 5742 2828(電話:こんな世にニャーニャー)または、FAX 03 5742 5187へお問い合わせください。
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