2002年、リースクデールのモンゴメリ・デイ再び

1911年から26年にかけて、L.M.モンゴメリが暮らしたオンタリオ州リースクデイルの村にて、恒例のモンゴメリ・デイが催された。企画主催は、昨年同様リースクデイル村とその近郊の町ウックスブリッジの有志から成るモンゴメリ委員会。

今年は、「牧師館修復第一段階終了を祝う会を行うから、どうぞいらしてください」とウックスブリッジの町から正式な招待状をいただいていた。その会が10時開始だったので、当日は早起きして出立しようと意気込んだものの、ジェイソンとベンは寝起きが悪く、予定より1時間ほど遅れて出発。

10月19日の土曜日。昨年と同じような曇り空のなか、ジェイソン、ベンとわたしという一行。「どうして、リースクデールへ行く時って、いつも雨なんだろう」とベンがぼやく。「モンゴメリは雨女だったでしょ。今日は彼女も私達と一緒なのよ」などど冗談を言いつつ、一路北へと向かう。ダウンタウンの木々は、今年はまだ緑が多いけれど、さすがに北へ進んでゆくと田舎の風景は紅葉ばかりでうつくしい。

どうにか10時ちょっと前に、リースクデールの牧師館に到着。前庭には椅子が置かれ、すでに多くの人たちが芝地に集まっていた。雨粒がぱらぱらとメープルの枝のすきまから落ちてくる。ニコニコ顔のアンとパットに手をふる。私を認めて、ルースさんとケイトさんもにっこり。

時折、青空がのぞく天候になってきた。

本日のスペシャル・ゲストは、モンゴメリの末息子スチュワートの奥さんルース・マクドナルドさん、彼女の娘ケイト・マクドナルド・バトラーさん、それから、1920年代に牧師館に住みこみでモンゴメリの家事を手伝ったエルシー・デイヴィッドソン夫人(98歳)たち。

式典は10時に始まった。まず、モンゴメリ委員会のキャシー・ワスレンスキーさんが、ゲリ・リン・オコーナー町長を紹介。オコーナー町長は、これまで牧師館修復運動に関わって来た人々みなさんに感謝しますと挨拶。

次に、ワスレンスキーさんが、現在牧師館に住んでいてボランティアとして活躍しているパットを紹介。パットが、60年代にこの牧師館の重要性に気付き、モンゴメリの時代に蘇らせたいと永年活動し続けた、故ウィルダ・クラーク夫人に特別 に感謝しますと述べると、聴衆の人々が一同にうなづいていた。パットは、牧師館の歴史を手短に紹介するとともに、外壁の白いしっくいをはがす作業が、とても大変だったことなど修復過程の裏話も披露してくれた。

パットに引き続き、モンゴメリ委員会のケリー・ボーエムさんが、この度は、壁の修復や玄関ドアの設置など、最初のステップである外観修復が終了したこと、これからも修復しなければならない箇所が多々あること、将来牧師館がモンゴメリの時代に蘇るには、まだ時間を要することなどを話された。

ケリーさんのあと、ケイトさんが、自分の父親がこの牧師館で1915年に生まれたこと。父親の思い出の場所を訪ねて自分もリースクデールを身近に感じるなど、モンゴメリの親戚 一同を代表されて、あたたかい思いを感じさせるスピーチをされた。

リースクデール牧師館は、オンタリオ州の歴史遺産であるとともに、カナダ連邦政府よりナショナル・ヒストリック・サイトとして1997年に認定されているが、今日はジャネット・エッカー(オンタリオ州蔵相)も参加され、牧師館の今後の発展を期待するスピーチをされた。

その後、一同で、修復の第一段階終了を祝う緑のリボンカット。

この日の出来事をウィルダが見ることができたら!と思わずにはいられなかった。

午後からはエリザベス・ウフォーターストン博士のモンゴメリと草花に関するお話を教会で聞いた。「プリンスエドワード島が物語の舞台となっていても、オンタリオの花を作品に登場させています。それはやはりリースクデールで暮らしていたからでしょう」、「モンゴメリはオンタリオ州のライターです」とおっしゃった一言が心に残った。

(2002年秋)

コピーライト:梶原由佳 上記内容に関するお問い合わせはyuka@yukazine.comまで。

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