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下記は月刊「eとらんす」2000年11月号に掲載された文章に、やや手を加えたものです。
「赤毛のアンの本棚」第10回
梶原由佳
"Gypsy" stories I read in my teens--and have a liking for yet--
19世紀のアメリカは、日曜学校用の宗教色や道徳臭の強い子ども向けの読み物が多かった時代だ。それでも19世紀も半ば以降になると、活発な主人公が活躍する少女物語が見受けられるようになる。"Gypsy" storiesの主人公ジプシーは、その典型だ。
ジプシーの生みの親は、フェミニスト作家といわれているアメリカの女性、Elizabeth Stuart Phelps (1844-1911) 。8歳の頃に母親を亡くしたことから、作家であった母の名をそっくり譲り受けた。子ども向けのジプシー・シリーズは、1866年から翌年にかけてアメリカで出版された。Gypsy Breyntonをはじめとして、Gypsy's Cousin Joy、 Gypsy's Sowing and Reaping、Gypsy's Year at the Golden Crescentと続く。1890年代になっても宣伝広告が見られることから、このシリーズは長らく少女達に読まれていたようだ。
ジプシー・シリーズを10代の頃に何度も繰り返し読んだモンゴメリは、今でも好きだと1900年6月7日の日誌に記している。この頃、26歳のモンゴメリは作家修行を続けていたが、そんな彼女を魅了し続けたジプシーとはいったいどんな女の子なんだろう。
12歳のジプシー(本名ジェマイマ)は自由奔放な女の子。ドレスにかぎ裂きをつくろうとも、ストッキングを破ろうとも、平気で窓から屋根に出たり、木登りしたり、16歳のトム兄さんを驚かせる悪戯を働いたりもする。
ジプシーの特性は、ふつうの女の子には見られないその奇抜な行動である。周囲の人々といえば、"some one was always on the qui vive, wondering what Gypsy was going to do next"と、次にジプシーが何をやりだすかと期待するやら不安がるやら。
そういえば、アンの特性は流暢なおしゃべりで、マリラはついつい"I can feel already that I'm wondering what on earth she'll say next"とアンが次に何を言い出すのやら期待している。どちらの少女も周囲の大人の関心をひく存在だ。
飛んだり跳ねたり"always on the jump"のジプシーを見て、トム兄さんは、"Well, you know you're a diamond, decidedly in the rough, as a general thing. You need cutting down and polishing"と助言する。ジプシーは、ダイアモンドの原石に例えられている。今は荒削りのお転婆娘だが、自分を磨くことによって光り輝ける存在になるだろう。
さて、アンは何に例えられるだろうか。成長したアンは、自分自身を木に例えている。"I'm only just pruned down and branched out. The real me-back here-is just the same." 本質は同じ昔のままのアンだけれど、余分な枝を落とし、長所という枝は更にのびて成長したようだ。
ジプシーとアン。両作者の主張のひとつは、子どもは立派に成長する資質--未知の可能性を秘めている原石や種子--を持っているということだ。その原石を磨いたり、種の成長を助けるのは周囲の大人であろう。両作品とも、子どもの生活環境の大切さを描いている。
北米で生まれた活発な少女の成長物語は、後にイギリスの児童文学作家に影響を与えてゆくことになる。
ところで、Phelpsは児童作品より大人向けの作品で名を残している。当時大ベストセラーとなった、死後の精神世界を著した作品The Gates Ajar(1868)に、モンゴメリは深く興味を示していたことを付け加えておこう。
copyright Yuka Kajihara 2001
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