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下記は月刊「eとらんす」2000年月9月号に掲載された文章に、やや手を加えたものです。

「赤毛のアンの本棚」第8回
梶原由佳
Kindred spirits are not so scarce as I used to think.  

ヴィクトリア時代の科学技術の発達は、女性の植物学や園芸学に対する関心をも生み出した。以降、女性作家による植物や庭園を題材とした子どもや婦人向けの文芸作品が数多く現れる。  

1905年5月20日、モンゴメリ(1874-1942)は図書館から借りてきた本Elizabeth and Her German Garden(「エリザベスとドイツの庭」)の読後感を日誌に記している。「この本は丸ごとすばらしい。私の"双児の魂"がエリザベスの中に生きているにちがいない。少なくとも園芸に関してだけど。」  

1898年に発表されたこの作品は、Elizabeth Von Arnim (1866-1941)が、ドイツで暮らしていた頃の生活を描いたもの。夫や子ども同様、いやそれ以上に自己や自然環境を尊重した女性の考えに当時大評判となった。作者エリザベスは、当時男の趣味とみなされていた読書を好み、何よりも花や樹木を愛し、独り庭で過ごす時を大切にしている。

光り輝く神々しい日に、花々は咲き誇り、草や木々は幸せそうにそよいでいる。鳥や植物がまるで歌っているような庭の美しさ。この歓びを誰かと分かちあえたら!

I long more and more for a kindred spirit--it seems so greedy to have so much loveliness to oneself--but kindred spirits are so very, very rare...  

エリザベスは、魂が呼び合うような友を求めている。これは、まるでモンゴメリの心の叫びのようだ。

「エリザベスとドイツの庭」を読んでいた頃のモンゴメリは、年老いて気難しくなる一方の祖母の世話をしながら、どうにか時間を捻出しては「赤毛のアン」を執筆していた。もともと社交嫌いの祖母は、孫娘が外出することすら好まなかった。祖母に屈していたモンゴメリは、いつも「心の同類」(Kindred Spirits)との交遊を求めていたのだ。そんな望みは、孤児アンの言葉に映し出されている。「本音を打ち明けられるような、心底気のあう友だち、心の同類よ。そんな友達に出逢いたいと、ずっと夢みてきたの」(第8章)

こんなアンがダイアナと腹心の友の近いを交わすのは、エリザベスも憧れるような花咲き誇る美しい庭である。

さて、エリザベスは「エリザベスとドイツの庭」の中で、「心の同類」はそう滅多にない、"kindred spirits are so very, very rare"と言っているが、まるでこの言葉に呼応するかのように、モンゴメリはアンにこう言わせている。「心の同類なんて、そうそう滅多にいないと思っていたけど、世の中には、たくさんいることが分かって、とても嬉しいわ」(第19章)  

モンゴメリが、Kindred Spiritsという表現をエリザベスから拝借したかどうかは定かでないが、もし、樹木を崇拝するふたりが巡り会っていたなら、お互いをKindred Spiritsと認めあったに違いない。

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Kindred Spiritsという表現は、「完全版 赤毛のアン」(山本史郎 訳、原書房、516頁)に依るとトーマス・グレイの詩「田舎の墓地で読める挽歌」および、エリザベス・エパリーが、論文集The Fragrance of Sweet-Grass (「甘い草の香り」)で「エリザベスとドイツの庭」とオリーヴ・シュレイナーの「アフリカの農場の物語」にも出てくると指摘しているとある。ついでに、私も発見!オルコットの「若草物語」続編にて、ジョーの結婚相手がKindred Spiritsと表現されてます。他にもKindred Spiritsという表現を見つけられた方、ぜひその作品をyuka@yukazine.comまでお知らせください。

Elizabeth and Her German Gardenのテキストは次のサイトで読めます。http://encyclopediaindex.com/c/lzgdn10.htm

文中の「赤毛のアン」の訳は、松本侑子、集英社文庫2000年に依った。
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copyright Yuka Kajihara 2001
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