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下記は月刊「eとらんす」2000年10月号に掲載された文章に、やや手を加えたものです。
「赤毛のアンの本棚」第9回
梶原由佳
Anne of Green Gables was "in direct lineal descent from the works of
Miss Alcott."
モンゴメリ(1874-1942)は、1900年6月7日の日誌に「本箱にあるのは、私の好きな詩人やオールコットの作品、…折をみてあちこちで入手した小説がある。それらはほとんど擦り切れるまで何度も読み返し、何度も貸したものだ」と記している。
アメリカの作家ルイザ・メイ・オルコット(1832-88)の代表作、四姉妹の日常を描いた"Little Women" (初版1868-9、邦題「若草物語」)は、モンゴメリが大好きだった作品のひとつ。オルコット自身の家族をモデルとしたこの物語は、それまで生身の少女たちの現実的な生きざまを描いた小説がなかったことから、アメリカでもイギリスでも評判を呼んだ。
新大陸アメリカがパイオニアだといわれるgirls' storiesは、オルコットの作品をもって花開き、児童文学先進国イギリスにも影響を与えた。ヴィクトリア朝後期の1880年代以降、少女が主人公の物語が数多く生まれ、少女向けの雑誌も続々と刊行されるようになってゆく。
さて、モンゴメリが所蔵していた「若草物語」は、1890年代に出版された版。残念ながら現物を手にすることはなかったが、その複写を見る機会があった。布張りの表紙にはTHE PANSY SERIESとあって、パンジーの絵柄があしらってある。中には、所有者モンゴメリのサインとともに、"Oct.10th, 1896"と記されている。モンゴメリが21歳の年だ。
この頃の彼女は、ワンルームスクールの教師をつとめながら、忙しい合間を縫ってはペンを執って創作をしていた。時折、雑誌に短編や詩が採用され、収入を得るようになってはいたものの作家として自立する道のりは険しかった。モンゴメリは、作家を目指す主人公ジョーに感情移入して「若草物語」を読んだことだろう。
また、作品のみならず、その作者にも興味があったようだ。 モンゴメリが持っていた本のページには、雑誌からの切り抜き写真-- オルコット一家が暮らしたオーチャード・ハウスやルイザ・メイのお墓--などが貼ってある。そのうえ、本文中の各ページには、下線が引かれている箇所が、40ちかくもある。おそらくモンゴメリが強く関心をひかれた文章表現に違いない。
モンゴメリの代表作「赤毛のアン」(1908)には、「若草物語」を意識したと思われるエピソードがある。赤毛を緑に染めてしまったアンが、マリラに髪を切られる場面だ。アンは、「本に出てくる女の子は、熱病や気高い目的のために髪を切る」と言っているが、これは、ジョーの行いを指している。病気の父親を見舞う為にお金が必要となって、ジョーは自慢の髪を切って売ってしまう。また、ジョーのように家計を助けるために主人公が髪を切るというエピソードは、アメリカの雑誌に掲載されたモンゴメリの短編"Her Pretty Golden Hair"(1898)にも見られる。
生涯に500を越す短編および長編小説を残したモンゴメリ。書評のひとつに「赤毛のアン」は "direct lineal descent from the works of Miss Alcott"というのがあったほどだから、モンゴメリのひとつひとつの作品をじっくり読むと、あちらこちらにオルコットの影響を見つけられるかもしれない。
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文中の訳は以下に依った。 「モンゴメリ日記、愛、その光と影」 桂宥子 訳、立風書房、1997年
「赤毛のアン」松本侑子 訳、集英社、2000年
「若草物語」吉田勝江 訳、角川文庫、1994年
copyright Yuka Kajihara 2001
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