エセル、日本初のアン
エセル:村岡花子さんのイメージした「アン」
しばらく前のことですが、私の勤務先の図書館に多くの日本からのお客様(30−40代)がお見えになりました。PEIを訪ねる前にトロントでL.M.モンゴメリの原書をご覧になりたいとのこと。早速、L.C.ペイジ社の1908年初版Anne of Green Gablesをお見せしました。

いわゆるギブソン・ガールと呼ばれた当時の美人画が表紙に描かれています。すると皆さん「え、これがアン?」「私のアンのイメージと違う!」「とっても大人っぽいですね」と大騒ぎ。
そこで、「皆さんのアンってどんなイメージですか」と伺うと、何人かの方が「やっぱり、アニメーションのアンかなあ。目がぱっちりで、そばかすで、黒のブーツと白いエプロン姿とか…」とのこと。なるほど。「それでは、アニメーション以前の世代、特に、三笠書房初版の読者が抱いたアンってどんな感じだろう」と思っていたところ、先日、バターカップス(日本のモンゴメリ・ファングループ)のメンバーAHさんから、村岡恵理さん(村岡花子さんのお孫さん)のエッセイコピーが送られてきました。
それは『少女の友』100周年記念エッセイに寄せた『「少女の友」と「赤毛のアン」の不思議な巡り合わせ』と題されたもの。その中で、「少女の友」の特集のひとつ「名作画集」(昭和15年2月号)に掲載されていた少女の絵に恵理さんが「釘付けになった」というのです。その絵はピーコック画の「エセル」と題されたもので、実はその「エセル」こそ、三笠書房初版「赤毛のアン」のダストジャケットに描かれている少女そのものだったのです(表紙画像はこのページにてご覧になれます。http://club.pep.ne.jp/~r.miki/origin_j.htm)恵理さんはこう書いています。
–引用開始–
私には「彼女」がどこから来たのか、何故『赤毛のアン』の表紙に選ばれたのか、ずっと謎だったのである。というのも、彼女の髪は「赤毛」ではなく「金髪」で、おさげにも編んでいない。おしゃべりで快活なアンのイメージとは程遠い、愁いを含んだ物静かな面差し。「アン」でないことだけは確かだった。
–引用終了 –
「金髪」という言葉に触発されて、私は恵理さん著の「アンのゆりかご」を見てみました。三笠書房版の「赤毛のアン」がカラーで載っているからです。私のイメージでは「金髪」と聞くとマリリン・モンロー風なのですが、それよりは、この三笠の「エセル」の髪は金褐色にも見えます。この印刷状態が、実際の三笠書房初版のダストジャケットと同じかどうか、残念ながら原本を見たことのない私には分かりません。でも「赤毛」には程遠い色だと分かります。それなのに、書名は赤インクで「赤毛のアン」! 1952年当時の読者は、この「金髪」の少女の絵を見ながら「この子が赤毛のアンなのかしら」と不思議な思いを抱きつつも、本を買い求めたかもしれませんね。
恵理さんは、「名作画集」の四色刷りは、三笠書房のそれよりも「はるかに技術が高く繊細で美しかった」と言い、祖母花子はこの「少女の友」に掲載された「エセル」が好きで、だからこそ、『少女たちに愛を込めて取り組み、時代を共に歩いたこの雑誌から、「エセル」を連れ出したのではないだろうか』と語っています。
さて、この愁い顔の「エセル」ですが、1897年にイギリスの画家Ralph Peacock (ラルフ・ピーコック、1868-1946 )によって描かれました。少女の名はEthel Brignallで、14歳の夏にラルフの両親宅に滞在中にこの油絵「エセル」が描かれたとのこと。彼女の姉Edithは1901年に画家ラルフと結婚していますから、当時既に姉妹ともにピーコック家と懇意にしていたのでしょう。「エセル」の原画はイギリスのTateギャラリー(http://www.tate.org.uk/)に所蔵されています。
「エセル」をTateのサイトの画像で見た限りでは、私のイメージする金髪ではないようです。褐色が勝って見えます。三笠書房のジャケットの「金髪」とはかなり違う印象を受けます。

http://www.tate.org.uk/servlet/ViewWork?workid=11483&searchid=13523&tabview=image
少女エセルは、もう一枚別の絵にも登場しています。同じくピーコックによって描かれ、”The Sisters”(姉妹)という題がつけられているもの。読書する姉によりかかり、じっとこちらを見つめている印象的な絵です。

http://www.tate.org.uk/servlet/ViewWork?cgroupid=999999961&workid=11484&searchid=10263
この画像を見て「あ!」と思いました。端正な横顔のお姉さんはまさにギブソン・ガール!それに、ふたりとも「金髪」どころか褐色。姉はダークな髪色で妹のエセルは明るめのブラウンでしょうか。見方によってはラファエル前派が好んだいわゆる赤い髪のようでもありますが、これはもうTateを訪ねて原画を見なくては何とも言えませんね。
ところで、この「姉妹」に描かれたエセルに一目惚れした若者がいました。アメリカからやってきた裕福なHarold Titcombは、この絵を見る為にギャラリーに日参。ついに画家を通して本物のエセルに出会い、後にふたりは結婚しました。それはAnne of Green Gablesが出版されたと同じ1908年のことでした。まさしく、モンゴメリの短編に描かれるようなロマンチックな出会いです。
それにしても、村岡花子さんはすばらしいなと思います。モンゴメリと同時代の画家の作品を表紙に抜擢されたのですから。ヴィクトリア後期の雰囲気が伝わってきます。村岡さんがイメージしたアンは、「エセル」のような強い視線をもち内面の思慮深さを感じさせる少女だったのでしょう。赤い髪がその影を潜めて成長していく未来のアンを「金髪」の「エセル」は暗示しているのかもしれません。
と、ここまで書いて、どこかに「金髪」ではない赤毛のエセルはいないものかと探してみました。そうしたら、いました!それも、なんとモンゴメリの短編のひとつYoung Siの中にいたのです!この主人公エセルの髪は、まさしく豊かな赤毛そのもので、”masses of her red hair–hair that was neither auburn nor chestnut but simply red”と表現されてます。モンゴメリが描いた赤毛のエセルに出会いたい方は、以下のサイトからご覧下さい。
http://www.classicreader.com/author/28/
村岡さんが出会ったピーコック画の「エセル」から、モンゴメリが生み出した赤毛のエセルへと、とりとめのない文章になってしまいました。
日本での初版「赤毛のアン」の表紙モデルといえるエセルは、アメリカのメイン州にあるRiverside Cemeteryに眠っています。
photo by Lucy.
http://www.findagrave.com/cgi-bin/fg.cgi?page=gr&GRid=39728203
2009年記